ゼロ
八神 う〜ん・・・あれ?ここは・・・痛ててて!頭が・・・!
アパートに帰ってきてたか・・・ひでえ二日酔いだ・・・。
しかし、昨日のことよく覚えてねえな・・・バーを出た後、変な店に行ったような気がするんだけどな・・・。
何があったけなぁ・・・?
八神 ウィ〜・・・ヒック!・・・マスタ〜・・・さっきと同じの〜!頼むよ〜!!
綿谷 ・・・。
八神 マスター!おい、聞いてんのか〜!?キューバ・リバーだよぉ〜!
綿谷 あの。
八神 あんだよ〜!?じぇんじぇん酔ってねえから〜!早く出しとくれ〜!!!
綿谷 いや。
八神 あぁ!?
綿谷 ここ、そういうお店じゃないんですけど・・・。
八神 ・・・へっ!?
綿谷 向かいのバーから来られましたよね?大分酔っていらっしゃるようですが・・・。
八神 ありゃりゃ〜?知らず知らずのうちにお店出てきちゃってたか〜!
綿谷 そのようですね。
八神 ・・・ここはどこだ!?
綿谷 ここは私の手助けの店です。
八神 ここは手助けの店か!そうか!・・・は?
綿谷 まあ、そういうリアクションが来るのは予想していました。微妙に遅かった気もしますが。
八神 手助けの・・・店?
綿谷 ええ。つい先日からお店を開きまして、ここに来られたお客様の相談や世の中に対する不満、世間話を聞いております。
八神 なんだよ、それだったら気の知れたマスターのいるバーに行けばすむ話じゃねえか!
綿谷 そうですね。ただ、私のお店はボランティアに近いんでね。お金は払いたいお客さまにだけ払っていただいております。
八神 え?早い話タダでもいいってことかよ!?
綿谷 極端にいえばそうですね。
八神 すげえなあ!・・・でも、そんなんで飯を食えるのか?
綿谷 贅沢はできませんが、自らお支払してくれる方もいますので何とか。
八神 へぇ〜!大したもんだ!それだけあんたは聞き上手ってことか!
綿谷 私の唯一誇れることは、人の話を聞けるということですから。それに、これとは別に昼間は週5でシフト入ってますし。
八神 バイトしてんのか!?ほぼ生活資金そっちだろ!?
綿谷 それより、ここに来られたのも何かの縁です。何かつらいことがありませんでしたか?
八神 あぁ?別になんもないよ・・・。
綿谷 会社をリストラになったとか、嫁さんに逃げられたとか、借金を抱えてしまったとか、夢がないとか、友人にも見放されたとかないんですか?
八神 ・・・。
綿谷 どれか1つでも当てはまりますか?
八神 恐ろしいことに、すべて当てはまったよ・・・。
綿谷 あらららら・・・。
八神 あんた・・・なんでわかったんだ!?
綿谷 そりゃあ、さっきまでこのカウンターでずっと「女房に逃げられた〜」とか「借金が300万円もある〜」とか仰ってましたから。
八神 じゃあ当然じゃねえか!酒って怖い!意識のないところで見ず知らずの人に人生相談するとは!
綿谷 お気になさらず。お酒をそれほど飲みたくなるほど、あなたは助けが必要な状態にあるんですよ。
八神 あぁ・・・確かにそれは言えているな。俺は盗みもしないし、人を傷つけたり、浮気をしたりしない。嘘もつかない。それなのに、ちょっと上司の田村さんをからかったら逆鱗に触れてしまってね。
綿谷 まあ、こんなご時世ですからね。
八神 どうやら、息子さんが大変な目に会っていたにもかかわらず、俺がいらんことをしてからかったらからだな。
綿谷 ・・・深くは聴けませんね。
八神 妻は愛想を尽かして実家に帰った・・・そして、多額の借金を抱え、将来的な夢や目標も捨てて、信頼していた友人も離れて行ったんだ・・・。
綿谷 ・・・その話、さっき全て聞きましたよ。
八神 えぇ!?改めて説明したのに!
綿谷 一字一句同じでした。
八神 恥ずっ!何一つその状況を覚えてない!おかげで酔いがさめたぞ!
綿谷 でも、つらい事態には変わりませんね。
八神 まあな。とかく今の俺には何もない・・・職も、家族も、金も、夢も、そして友も・・・何も無いんだ。
綿谷 何も無いと・・・。
八神 ・・・あぁ。そうなんだ。ゼロなんだ・・・俺はもう、この社会にいること自体おかしい人間なんだ・・・。
綿谷 ・・・。
八神 昨日も、あのビルから飛び降りようと思ったんだが・・・勇気が足りなかった。勇気のメーターもゼロなのさ・・・。
綿谷 そんな勇気は要りませんよ。むしろ、勇気さえあればもっと別なことができる。
八神 は?
綿谷 あなたのような人が、少し前にここに来ました。でも、ここでお話をされて、あることをしていただいたら、また新しい生きる希望を見つけてくれたのです。
八神 はっ・・・そんなの馬鹿馬鹿しい・・・あんたよくもそんなこと抜け抜けと言えるな!
綿谷 正直、私もしゃべってて恥ずかしいです。
八神 いや、今は言うなよ!思ってても口に出すなよ!
綿谷 「新しい生きる希望」・・・寒っ!
八神 だから!お前としては俺を説得する立場にいるんだから・・・いや、俺は別に頼んでないけど!そういうお店なんだろ!?
綿谷 すいません・・・こんなことを言っている私が普段は自動販売機にジュースを補充する仕事してるなんて言いたくない。
八神 じゃあ言っちゃだめだ!昼と夜でやってることのギャップが激し過ぎるわ!
綿谷 でも、こんな私の自慢できるところは、さっきも言いましたが人の話をよく聞くことくらいですからね。
八神 そんなの誰でもできる・・・わけでもないな・・・それなりに根性いるか・・・はぁ・・・。
綿谷 どうしました?
八神 いや、あんたの生き方がうらやましいんだよ。自分のやっていることが充実しているみたいでさ。俺なんかもう、今からやり直したって、何にもならない気がするよ。
綿谷 ・・・やり直そうともしないで、そんなこと言うのはどうなんでしょうね?
八神 え?
綿谷 今は確かにゼロの状態ですけど、ここから藁にもすがる思いで頑張れば・・・いや、このセリフも寒いな・・・。
八神 せめて最後まで言い切ってくれ!俺がやりなおすきっかけになるかもしれないのに!
綿谷 私にできることは、ここにあるものを何か一つ差し上げることくらいですね。
八神 聞き上手だけど、大事なところで口べたなんだな。
綿谷 お客さん、これを差し上げます。
八神 ・・・何これ?
綿谷 スイッチです。
八神 いや、見れば分かるんだけど。ファミレスなんかにありそうだな。押したら何か来るのか?
綿谷 はい。
八神 え!?
綿谷 これは、さっき話した人生をやり直した方がここに置いていってくれたものなんです。「自分にはもう必要ないから。」と言って。その人曰く、このスイッチを押すとあなたに必要なものが手に入るそうです・・・。
八神 マジかよ!?・・・いや、そんなわけない・・・そんな都合のいい話、あるはずがない・・・う〜ん・・・。
八神 そうだ・・・向かいにあった変な店に行ったんだ・・・あれ?ポケットになんか入ってる・・・?
(ポケットに入っているものを取り出す)
八神 スイッチ・・・これは昨日の・・・はぁ・・・こんなの信じてないって言うのに・・・。
痛てて・・・とりあえずシャワー浴びるか・・・
(スイッチを置いてシャツを脱ぐ)
八神 ・・・いや、俺は信じない!そんなに人生・・・甘くないって知ってるし!!
(ズボンを脱ぐ)
八神 こんなことだけで、俺の今の生活が変わるなんて・・・あり得ない!・・・でも・・・
(スイッチを手に取る)
八神 それなら、逆に押して何も起きなくても・・・別にいいんじゃねえか?
そんな向きになって否定することでもないか・・・よし、試しに!おらぁ!
(ポチッ)
八神 ・・・はぁ・・・やっぱり何も起きないよな・・・分かってたって・・・痛って!もう今日はシャワー浴びたら1日寝るか・・・
(カランッ!)
八神 ん!?何の音だ今の?玄関の方からだったな・・・?
(玄関に向かう)
八神 ・・・。
(ウコンの力を拾う)
<このスイッチを押すとあなたに必要なものが手に入るそうです・・・。>
八神 ・・・え!?そういう規模なの!?
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