地球と暮らす男
八神 うわぁ〜・・・まだ昼の12時だって言うのに薄暗いじゃないか・・・地図によればここらへんなんだけど・・・すみません!すみませ〜ん!!
綿谷 はいは〜い!(地面から這い出てくる)
八神 ぎゃあ!下から来た!バイオハザード!?
綿谷 おいおい、「下から」じゃなくて「地球から」って言ってくれないか?
八神 は、はぁ・・・あ!もしかしてあなたが綿谷さん?綿谷イツキさんですか?
綿谷 そうですが?あなたは?
八神 申し遅れました。私、ハヤブサ出版の「月刊・地球と暮らそう」の記者の八神といいます。あと、これ名刺です。
綿谷 どうも。今日来るって連絡があった記者さんね?グズッ!(チーン!ズルズル)
八神 名刺で鼻かまれた!?そ、そうです。しかし驚きましたよ。我が編集部に直々に電話をしてインタビューしろなんておっしゃるんですから。
綿谷 いやね、私もお宅の雑誌見させてもらってるんだが、「地球とともに生きる人」を毎月インタビューしているって知ってね。私以上に地球と共存している人間もそうそういないってことで呼び出したわけだよ。
八神 わざわざFAXでご自宅までの地図を送っていただけるとは思ってませんでしたよ。では早速インタビューを始めたいんですが・・・綿谷さんのご自宅はどこですか?
綿谷 この辺一帯は我が家だが?広いだろう?
八神 ・・・思いっきり樹海ですよね・・・そもそも建物もないじゃないですか。
綿谷 ふっ、これだから素人は困るんだよ。
八神 ・・・それは何に対して素人ってことでしょうか?
綿谷 八神さんでしたっけ?いいですか?人間は何も家に住む必要なんてないんです。雨を防ぎ、風を防ぎ、寒さと暑さをしのげれば天井も壁も床も何もいらないのです。
八神 急に口調が変わった・・・それにしてもこの辺りには雨風を防ぐようなものはありませんが。
綿谷 防げなければ、それに耐えうる丈夫な体を作ればいい。人は物に頼りすぎているんです。そこにある物を自分に合わせるのではなく、自分がそこにある物に歩み寄ることが大切なんです。グズッ。
八神 地球とともに生きてますね。風邪気味だけど・・・「樹海に住む男」と・・・。
綿谷 まあ、立ち話もなんだし、そこの椅子に座れや。そこの切り株。
八神 おぉ、天然の椅子ですね。
綿谷 俺が座りたいがためにそこにあった木を切り倒しただけなんだが。
八神 えぇ!?切り倒したの!?全然歩み寄ってないじゃないですか!
綿谷 座り心地はいいよ?おれはそこらへんで拾ったMyパイプ椅子があるから。
八神 切り株使ってないんですね!?木にとってはとんだ迷惑だよ!
綿谷 いやぁ〜、切り倒したはいいけどそこで満足しちゃってねぇ〜。
八神 悪魔だ・・・と、とりあえずインタビューを始めますね。綿谷さんは今お幾つですか?
綿谷 今年でもう76になるかな。
八神 本当ですか?見えないなぁ〜!
綿谷 おだててもフケしか出ないぜ。
八神 汚っ・・・でもお若いですねぇ〜。
綿谷 そんなことないって。じゃあ最初見たときいくつくらいに見えた?
八神 そうですね、正直最初は顔中土だらけだったんでよくわからなかったですけど、60歳くらいかと思いましたよ!
綿谷 そうかぁ〜・・・本当は49歳なんだけどね。
八神 はい?
綿谷 だから、本当は今年の6月で50歳になるの。
八神 何でウソついたんですか!?しかも年食ってる方に!
綿谷 いや雑誌の見出しとかでもさぁ、「大自然とともに生きている老人」の方が「大自然とともに生きている中年」よりも格好良くないか?
八神 そんなことでわざわざ30歳近くもサバ読まないでくださいよ!大体キャッチコピーに「中年」なんていれないですから!
綿谷 そうなのか・・・私の顔、何歳くらいに見える?
八神 まあ、50歳くらいかなぁ・・・?
綿谷 ・・・いいんだよ、無理しないで。
八神 確実に無理させましたよね!?私もさっき60歳くらいに見えるっていった手前フォローしたいですけど!
綿谷 いや、いいんだ。いつの時代も年上好きの女は多いし。
八神 その立ち直りも無理やりですね・・・では、次の質問なんですが、お仕事は何をされているんですか?
綿谷 もう定年だよ。
八神 ウソつけ!さっき49歳って言ってたじゃないですか!
綿谷 うちの会社は42歳で定年退職っていうシステムだったんだよ。
八神 変わった会社だ。
綿谷 とりあえず職業は「大自然とともに生きている老人」ってことにしてくれ。
八神 ・・・「大自然とともに生きる無職中年」・・・と。
綿谷 ん?ちゃんと書いた?
八神 えぇ、もちろん・・・ではここからが記事の目玉になるんですけど、綿谷さんがこの生活を始めたきっかけというものは何ですか?
綿谷 あぁ、私も昔は君のように素人でね。会社と自宅を往復する退屈な生活を送っていたんだ。
八神 なるほど・・・何の素人かは分かりませんが。
綿谷 そんな私にも妻がいてね。結婚してからもう15年も経とうとしていた。だが、私が定年を迎えるとどういうわけか生活が苦しくなったんだ。
八神 そりゃあそうですよねぇ〜・・・そのときまだ42ですもの。それまでの貯蓄で生活するのも苦しいですよね。
綿谷 あの会社には大分世話になったからな・・・私にはいつも外の景色が見れるようにと窓際の席を勧めてくれたよ。
八神 窓際族ってやつですね・・・定年っていうかリストラの匂いがしてきたぞ。
綿谷 あのさ、漫画の主人公って大体窓際の席になるよね?それで、なんか外で体育の授業を受けてるマドンナに見とれてたらチョークが飛んできて・・・
八神 何の話してるんですか!?
綿谷 やっぱり、廊下側だと教室内の掲示物とか描くのめんどくさいのかな?
八神 ・・・それで、今は奥さんとは別居中ですか?
綿谷 華麗にスルーしたな。まあ、妻とは別居中だが連絡は取り合っているよ。
八神 なるほど・・・奥さん男運ないな・・・ちなみにお子さんは?
綿谷 ちょうど君ぐらいの娘がいるなあ・・・ちなみに君はいくつだい?
八神 僕は今年で27歳です。
綿谷 本当は?
八神 いや、嘘はついてないですよ!「年齢で嘘をつく」って考えがあるのは何で!?
綿谷 そうか・・・まあ、妻も言ってたよ。「セイコも高校受験で忙しいから連絡しないでちょうだい!」ってね。
八神 中学生かよ!全然同世代じゃねえ!
綿谷 私から見たらみんな同世代だけどねえ。
八神 いやいや、干支1周分の差があるのに同世代って広すぎますよ!しかも奥さんから煙たがられてるし!
綿谷 何だ君?もしかして私の娘を狙っているのかね?
八神 してませんよ!大体14、5歳の女の子に手を出すような男じゃないですからね!?犯罪じゃん!
綿谷 じゃあ、妻を狙って・・・
八神 あり得ねえよ!奥さん49でしょ!?
綿谷 ああ、そうだったな。すまんすまん。いやね、娘のことを思い出してしまって・・・顔がなぜか黒いけど可愛い子だぞ?
八神 それって顔に土が付いてるだろでしょ?それよりも綿谷さんの生活を教えてくくださいよ。
綿谷 じゃあ私の1日の生活を紹介しよう。
八神 お願いします。まず朝は何時頃起きていますか?
綿谷 何を馬鹿なことを・・・私は時間という概念に縛られたくはないから時計などない。素人にはわからないかもしれないがね。
八神 素人・・・いや、もういいや。
綿谷 私は日の出とともに起きているよ。
八神 ちょっと待ってください。ここって樹海のど真ん中だから日の出とか確認できませんよ?
綿谷 で、次に朝食だが・・・
八神 起きたい時間に起きてるだけだろ!だからさっき地面に潜ってたのか!
綿谷 朝食は基本自給自足。
八神 自給自足?畑とか耕したりしてるんですか?
綿谷 その辺に生えてあるキノコとか食ってるよ。
八神 ・・・。
綿谷 ・・・近くにファミリーマートがあるんでそこで買って食べている。
八神 やっぱり嘘か!何が自給自足だ!よく見たらそこら中ファミチキの包み紙だらけじゃねえか!地球と生きるどころか環境問題に発展してるぜ!!
綿谷 地球と生きる私としてはこの森の木々が生活の糧となっている。これらを大切にしなければならない。
八神 ゴミを捨ててるくせに。
綿谷 例えば、この木に声をかけてみたりする・・・そうか・・・なるほどねぇ。
八神 木と会話ができるのか?はたから見たら変人だ。もうすでに手遅れだけど。
綿谷 ・・・うん、そうか・・・あ、それはごめん・・・君の母さんを切り倒しちゃって。
八神 さっきの切り株の子供!?
綿谷 ただあれは仕方がなかったんだ。僕がどうしても椅子がほしかったもんで。
八神 何だこの展開は!?そんで理由になってねえよ!!何にしたってパイプ椅子使ってるし!!
綿谷 ああ、あいつの方が座り心地が良いんだ。文字通り乗り換えたってことさ。
八神 開き直ってえらいこと言いだしたよ!あんまりうまくないし。
綿谷 とまあ、こんな感じで木とはコミュニケートを取らなければならない。
八神 いや取れてねえよ!めっちゃ文句言われてましたよね!?
綿谷 で、夕暮れとともにここで眠る。
八神 いや、夕暮れも分かんねえだろ真っ暗なんだから!
綿谷 で、さっき見たくあそこにある布団で眠る。
八神 布団って地面に潜ってるだけですよね?そのまま窒息して死ねばいいのに。
綿谷 まあ、こんな1日を送っているわけだ。
八神 要は起きたい時間に起きて、コンビニ行って、木に話しかけて、寝たい時間に寝てるわけですね・・・編集長に何ていえばいいんだ。
綿谷 さて、もう取材はいいかな?
八神 だからそっちが呼んだんだろって・・・では最後に、この生活のつらいところ、楽しいところをお願いします。
綿谷 つらいところ・・・まあ、人と会えないところかな?
八神 まあ、樹海の奥深くですからね。
綿谷 楽しいところ・・・まあ仕事しないでいいところだね。じゃあ、もう寝るわ。(地面に潜る)
<月刊地球と暮らそう第45号>
「今月のインタビュー 地球とコンビニに頼って生きる男(50歳無職)!
富士の青木ヶ原樹海に暮らす綿谷イツキ氏(50)は、8年前に会社からリストラ通告を受け、たった一人で生きてきた。
家庭を顧みず(っていうかどうしようもなく)自分の生き方をする男を徹底取材!!・・・」
雑誌の販売から数日後、新聞の社会欄に「A樹海にて、ホームレスを保護」という小さな記事が載ったのだった・・・。
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