遭難
八神 早く人のいるところに降りなければ・・・ん?あ!あれは!?お、おい君!しっかりするんだ!ここは雪山だぞ!?眠っちゃだめだ!
綿谷 はっ!!・・・あれ?ここはどこ?私はアイドル?
八神 多分違うと思うぞ?ちなみにここは雪山だ。君、見たところスノーボードをしにこの山に来たね?一体どうしてこんなところにいるんだ?
綿谷 え?僕は、確かさっきまでスノボーをしてたんですけど・・・あ!そうだ!コースから外れて、林に突っ込んで、そのまますべりぬけたら崖から落ちてえぇえ!?
八神 いや、何自分でびっくりしてるんだよ!?
綿谷 僕、朝からずっと滑ってたのに、全然滑れてなかったんですよ!それなのに、障害物の多い林の中を突っ切れるなんて・・・練習はするものですね!
八神 そこに驚いてたのか!皮肉なもので林を抜けなければあの高い崖から転落しなかったと思うぞ。
綿谷 あぁ、そうか・・・あんな高い所から落ちたんですね。よく無事だったなぁ!ラッキー!
八神 ポジティブだなあ・・・完全に俺らは遭難しているのに。
綿谷 そうなんですか?遭難しているって、本当にそうなんですか!?
八神 ・・・。
綿谷 「遭難」しているなんて、ほんとうに、「そう、なん」ですか!!?
八神 うるせえよ!危機感持てや!
綿谷 よし、こうなったら2人で頑張って救助を探しましょう!!
八神 遭難したことを簡単に受け入れる・・・ただものじゃないのか馬鹿なのか。
綿谷 そういえば、まだ名前言ってなかったですよね。僕、綿谷カナメっていいます。
八神 綿谷くんか。俺は八神って言うんだ。よろしくな。
綿谷 やつがみ・・・さん?どこかで見たことが・・・あ!もしかしてスキージャンプ日本代表の八神選手ですか!?
八神 そ、そうだけど。
綿谷 やっぱりそうだ!すみません、握手して下さい!
八神 何もこんな所で握手を求めなくても・・・。
綿谷 すごいなあ!僕、八神選手の大ファンなんですよ!あ、体重が200g足りなくて残念でしたね。
八神 それスキー板に対して体重が足りなくて失格になった原田選手だよ!大分懐かしいな!
綿谷 そういえば八神さん、何でそんな恰好で遭難しているんですか?スキー板も物凄く長くて、恰好も・・・まるでスキージャンプ中に遭難したみたいじゃないですか。
八神 まさにそうなんだ。
綿谷 え?
八神 実は今シーズンのトレーニングのためジャンプをジャンプ台で練習していたんだ。その時の俺は絶好調で、人生で最大のジャンプをしたんだ。もう、K点をゆずもびっくりするくらい超えて、超えて、超えて、円さんも愕然とするくらい飛んで、飛んで、飛んで・・・着地したら全然知らないところだった。
綿谷 飛びすぎ!鳥人間コンテストよりも飛んでますよ!?
八神 やはり、雪の無い夏の間も血の滲む様なトレーニングを積んだ甲斐があったな。
綿谷 そのトレーニングのせいで遭難するだなんて・・・その滲んだ血も凍結寸前ですよ。
八神 あと、このスキー板も良かったのかも・・・昨日のあの滑空中に見た景色、君にも見せてあげたいなあ。
綿谷 その景色を見たイコール直後に遭難って言う図式が成り立ってるんですけど・・・昨日?
八神 昨日の朝練習してたんだ。
綿谷 遭難して1日経ってるんですか!?良く生きてますね!
八神 寒かった・・・マジで寒かったわ〜。
綿谷 はあ・・・それよりもこれからどうします?このままだと凍えてしまう・・・。
八神 そうだな、君はゲレンデから落っこちたんだったら少し歩けば旅館とかホテルに着くかもしれないな。よし、歩いてみよう。
八神 また吹雪いてきたな。綿谷くん、大丈夫か?
綿谷 だ、駄目です・・・もう、僕は・・・。
八神 急に瀕死!?しっかりしろ!ここで倒れたら死んでしまうぞ!
綿谷 最期に・・・何かしたかった・・・。
八神 漠然とした生への執着心だな!このまま死んだら本当に後悔するぞ!?
綿谷 最期に・・・スノボーしたかった・・・。
八神 さっきやってたんだろ!?そして死にかけた原因となった行為をもう一回したがるとか!
綿谷 八神さん・・・お願いしても・・・いいですか?
八神 おい!本当にしっかりしろ!
綿谷 あの洞窟に・・・運んでくれませんか・・・?
八神 洞窟?分かった!
(ズルズルズル・・・)
(パチンッ パチパチパチ・・・・)
綿谷 いや〜、こんな小さな焚火でも暖まるものですね。旅館でもらったマッチがこんなところで役に立つとは!
八神 ・・・演技だな?
綿谷 何がですか?
八神 さっき死にかけたように見せたの、この洞窟まで俺に運ばせるための演技だろ?
綿谷 そ、そんなわけ無いじゃないですか〜?
八神 絶対そうだろ!?さっきまで死にかけてたやつが洞窟に入った瞬間に急に元気になってマッチと新聞紙取り出して、「その辺から枝を持ってきて下さい」なんて指示を出すかよ!
綿谷 「人が考えられないことをする」。これが僕の信念です。
八神 その信念へし折ってやろうか!?とりあえず暖を取れたのは良かったけど。
(ヴー ヴー)
八神 ん?何の音だ?
綿谷 あ、スマホが。
八神 スマホ!?スマホ持ってるの!?
綿谷 いやだなあ!今どきガラケーなんてうちの親父くらいですよ!
八神 そこじゃねえよ!それよりスマホ持ってたのか!ちょ、出して!
綿谷 あ、すみません(ピッ)これでバイブもならないようにしました。
八神 そこじゃねえよ!バイブが鳴るの気にしてないから!それよりここ電波入るんだろ!?早く救助の連絡してくれよ!
綿谷 その発想は無かったですね〜。あったら八神さんとあった時点で連絡してましたし。
八神 冷静な自己分析やめろ!とにかく誰でもいいから連絡してくれ!
綿谷 分かりました。(ピッ プルルルルル・・・ガチャ)もしもし〜?うん、僕だけど〜、この間は仕送りありがとう・・・わかった〜。そっちも体に気をつけてね?うん、はい。じゃあね〜。(ピッ)
八神 実家に掛けるな!誰でもいいって言ったけどこの状況をどうにかできる人に連絡しろよ!
綿谷 違います!地元のプラモ屋のおじさんにかけたたんです!
八神 母親じゃないのか今の会話で!何でプラモ屋から仕送りもらってるんだ!?
綿谷 おじさんはいい人で、食べ終わった後のファミチキの包み紙を送ってくれるんです!
八神 それゴミだわ!
綿谷 長い間失踪中だったんですけど、ちょっと前に富士の樹海で土の中に埋まっているところを保護されたんですよ。
八神 深くは聞けねえな・・・てか他に人いるだろ!?一緒にスノボーに来た友達とか!
綿谷 その発想はありましたね〜。あったけど、1回プラモ屋挟んだ方が面白いと思いました。
八神 あったならさっさとやれや!
綿谷 (ピッ プルルルル・・・ガチャ)もしもし〜?僕だけど。今、遭難してしまって、どこかは分からないけど、とりあえず洞窟の中に避難しているんだ。僕のほかにもう一人遭難者がいるんで、一刻も早く救助を依頼してほしいんだ。他に頼める人がいないんだ!助けてくれ!(ピッ)
八神 大丈夫か?
綿谷 最後入りきらなかったですけど大丈夫ですよね?
八神 留守電!?電話相手出てないのかよ!?
綿谷 僕が生きているってことはアピールできました。
八神 本当に最低限のことしかできてねえ!どうすればいいんだ!?
綿谷 あ、さっき来たメール見ます?露天風呂に猿がくるみたいですよ?ほら、画像も添付してあって。
八神 何だっていいわ!あぁ〜・・・こんなところで死んでしまうのか。
綿谷 ちょっと八神さん、元気を出して下さいよ・・・あ、チョコレート食べます?
八神 チョコレート!?何で持ってる!?そ、それはさておきくれ!ぜひくれ!!
綿谷 分かりました。(パキッ)どうぞ。
八神 ありがとう。(パリパリ)はぁ・・・ただのチョコレートでもこんなに美味しいなんて。
綿谷 ちょうどマシュマロもあるんで合わせて食べませんか?
八神 マシュマロ!?さっきから何でお菓子をそんなに持ってるんだよ!?スノボーやってたんだろ?
綿谷 お菓子好きなんですよ。
八神 ・・・それだけで終わっちゃった!
綿谷 あ、ちょうど鍋もあるからチョコレートフォンデュとかやりますか?
八神 もう遭難する気でいただろ!?
八神 また吹雪いてきたな・・・まだ外に出るのは危険だ。
綿谷 そうですね〜あぁ、チョコレートフォンデュもおいしかったですね。おなかいっぱいだ。
八神 腹一杯になるほどのマシュマロとチョコを持ってたのはスルーしておくけど・・・ああ、せっかくお菓子とか我慢して体を絞ってきたのに。
綿谷 八神さんも何ていうか図太いですね。はぁ。それにしてもいつになったら外に出られるのやら。
八神 そうだな。君の友達からは何か連絡はあったか?
綿谷 さっき「遭難?嘘こくなや!」ってメールが来て、その弁明に追われています。
八神 全然信用されてねえ!っていうかもう一回電話しろよ!
綿谷 電話だとあいつが持っている嘘発見器で嘘がばれるじゃないですか。
八神 知らねえよ!友達すげえ物持ってるな!?そんで、遭難したのは事実なんだから嘘発見器あっても支障はねえだろうが!
綿谷 でもさっき救助の要請をしてくれたみたいですよ?
八神 遅っ!その間に死んでたらどうするつもり!?
(バリバリバリバリバリバリ・・・)
八神 ん?何か音が聞こえる・・・ま、まさか救助のヘリコプターか!?
綿谷 (バリバリ)あ、せんべい食べます?
八神 ややこしい!ってかどこからせんべいを取り出したんだよ!?一回食べるのやめろ!
(バリバリバリバリバリバリ・・・)
八神 間違い無い!救助ヘリがこの付近を飛んでいる!外に出るぞ!助けを求めるんだ!
(ダダダダダッ)
綿谷 あ!あそこです!
八神 おーい!ここだ!気づいてくれー!・・・駄目だ、気づいてないみたいだ!
綿谷 目印になる様な物があればいいんですけど。
八神 この暗い状況で目立つものなんて・・・あ!スキー板!
綿谷 八神さん何してるんですか!?スキージャンプの板を一本にして・・・。
八神 よし!この長いスキー板なら気付くはず!綿谷くん!一緒にこの板を振り回すんだ!
綿谷 分かりました!!おーい!!気づいてくれー!!
(ブーン! ブーン!)
八神 あ!こっちに向かってきた!
綿谷 人でロープが降りてきました!
八神 逆だよ!ロープで人が降りてきたんだってば!
(バリバリバリバリバリ・・・・)
八神 はあ・・・何とか助かった。
綿谷 八神さんのスキー板で助かりましたね!それにしても、スキー板なんて遭難したら邪魔になりませんでした?普通に置いてってしまえば移動も楽だったと思うのに。
八神 実はあのスキー板・・・俺の親父の形見なんだ。
綿谷 え?
八神 俺の親父は俺がまだ小さいときにスキージャンプに失敗して死んだんだ・・・最後に残してくれたのがあの板だったんだ。俺が一流のジャンパーになったら、あの板で飛ぼうと思っていたんだ。
綿谷 そうだったんですか・・・すごいジャンプ、出来ましたね!ヘリコプターに乗るくらいだから!!
八神 ハハハッ!あれ、そういえばその板はどうしたっけ?
綿谷 乗りきらなかったんで、このヘリの羽根に付けときました。
八神 おぉい!?
back
next