百物語
綿谷 (火のついた蝋燭を持っている)

   「百物語」ってご存知ですか?

   日本の伝統的な怪談会の形式の一つで、起源は室町時代と言われています。

   百物語の方法は単純で、参加者は新月の夜、部屋に百本の蝋燭に火を灯し、怪談を語っていきます。

   怪談を語った者は蝋燭の火を一本吹き消していきます。

   そして、百本全ての蝋燭が消え、真の闇が訪れた時、異世界から物の怪が現れるというのです。

   これは、僕たちが体験した、百物語に関するお話です・・・。











綿谷 すると、僕の目の前にいたはずの着物の女の人が、すぅーって消えていったんだ・・・!

八神 おぉ〜・・・怖いな・・・。

綿谷 僕が五歳のお盆に体験した話なんだよね。僕の母さんの話だと、母方のご先祖様の霊が、僕に何かを訴えかけてるんじゃないかって。

八神 へぇ〜・・・。

綿谷 はい、これで五十本目終わり!(ふっ)はい、次は八神くんね。

八神 ・・・あのさ・・・。

綿谷 どうしたの?

八神 このタイミングでいうことかどうかわからないんだけどさ。

綿谷 何?もしかして、何か変な空気感じてたりとか・・・!?

八神 無い。

綿谷 え?

八神 もう・・・怖い話のストックがない。

綿谷 ・・・えぇー!?なにそれ!?まだ半分だよ!?

八神 いや、ここまで続いたのが奇跡的なんだよ!お互いに二十五個も怖い話をしたんだぞ!?

綿谷 そんなこと言わないで!さっきの八神くんの話もだいぶ怖かったし!

八神 そうでもねえよ!俺のここ数回の話はかなり絞り出した上で怖い話ではなかったんだし!

綿谷 そうかなあ?この間、八神くんの運転していた車が勝手に動き出したんでしょ?

八神 おう・・・まあ、ただのクリープ現象なんだけどな。前の車にぶつかりかけただけだって。ぶつかってすらないんだって。

綿谷 そんなこと言わずに最後までやろうよ〜!最後までやらないと流儀に反するんだって!

八神 クリープ現象は怖い話の軸からぶれている気がするんだけど。

綿谷 大丈夫、因縁話とか不思議体験でもOKらしいから。

八神 そのハードルにすら届く気がしないんだって。はぁ〜・・・そもそも二人でやろうっていうのが間違いなんじゃねえか?

綿谷 何で今更そんなこと言うの!?じゃあ、逆に言うけど、僕も今日のためにセッティングしているんだから!僕の苦労も汲んでくれよ!

八神 は?どういうこと!?

綿谷 例えば、百物語って新月の夜に行うのが正式なんだよ。先月から次の新月の日を調べた僕の身にもなってくれよ!

八神 ・・・外見てみろよ?

(サァァー・・・)

八神 完っ全に雨降ってるべ。もはや新月だろうが満月だろうが関係ないと思うんだけど。

綿谷 そんなことないって!絶対に新月になると何かしらのパワーが炸裂するんだって!狼男が変身する的な!

八神 狼男は満月の日に返信するんだからその例え間違ってるぜ・・・そんで、一ヶ月待った日に限って雨が降るとか。俺かお前が雨男の可能性が高いぞ。

綿谷 それに、最初は百本の蝋燭が灯っていた部屋も徐々に暗くなって、何か不気味な雰囲気になってきてると思わない・・・?

八神 う〜ん・・・でも、三十本くらい消したところで、一回蝋燭全部消えたよな?

綿谷 あれは八神くんが「暑いし空気が籠ってる」って窓開けた時に風が吹き込んで消えちゃっただけじゃん!

八神 これだけの蝋燭が燃えているからな・・・形はどうあれ真の闇を見たから何とも思えねえよこの状況を。しかも、向かいのコンビニの明かりが結構眩しいぞ。真の闇のスペックが低すぎるぜ。

綿谷 でも、百本の蝋燭を準備したんだしさぁ!

八神 確かに百本用意するのは大変だっただろうけど、蝋燭のチョイスよ。なんで普通の白い蝋燭の他に色とりどりの蝋燭に火が付いてるんだよ?誕生日ケーキか!

綿谷 だって、去年のクリスマスと誕生会の蝋燭が余ってたし・・・。

八神 そういうところ手を抜いていいんだろうか・・・あぁ〜、その右端の蝋燭もうなくなるぞ?

綿谷 じゃあ、新しい蝋燭準備しとくよ。

八神 もうこの件も何回かしてるから、蝋燭自体は百五十本くらい使ってるよな・・・そんで、怖い話したところで、その後に数字をかたどったピンクの蝋燭消したら雰囲気もくそもないよな。

綿谷 それさえ我慢すれば大丈夫だって!

八神 百歩譲ってそこは目をつぶるけど、もう俺に怖い話はないって・・・怪談よりも猥談のほうがまだ話せそうだわ・・・。

綿谷 じゃあさ、話が思いつかないようだったら、僕が連続で話すから!思い出したら八神くんが話すっていう流れで行こうよ!

八神 ・・・俺は別にいいけど・・・。

綿谷 じゃあ、ワンパスね。じゃあ五十一本目は僕が話すよ。

八神 ワンパスって・・・七並べじゃないんだから・・・・。

綿谷 これは、僕の母さんが体験した話なんだけど・・・









綿谷 ・・・姉ちゃんが行ったその踏切には、今でもその事故で亡くなった女の子が取り憑いているらしいよ・・・。

八神 へぇ〜・・・怖いな。あ、消す時この短いやつ消せよ?









綿谷 (ふっ)・・・じゃあ次は八神くんね。

八神 あ、ごめんパス。え〜っと・・・多分十三回目ね。お、レベル上がった。









綿谷 その時、父さんが顔を上げると窓の外を真っ青な顔のおばあさんが立っていて・・・

八神 うん・・・うん・・・あぁ、明日ね。大丈夫・・・うん、じゃあまた連絡するわ〜・・・は〜い・・・。









綿谷 あわてて逃げだしたんだけど、その女はすごい形相で追いかけて、とうとう伯父さんの腕をつかんだんだ・・・。

八神 (ガチャ)ジュース買ってきたけど飲む?









八神 恥ずかしがる彼女の口をふさぎ、俺は左手を下の方に伸ばし・・・。

綿谷 わぁ〜・・・!わぁ〜・・・!!









綿谷 叔母さんには、その人の体に、亡くなったおじいさんの霊が憑依したことが分かったんだって・・・!

八神 お、雨やんだな・・・ん〜・・・やっと空が白んできた・・・。









綿谷 今でも、僕のじいちゃんはその時に見た子供の顔を忘れられないらしいよ。やっぱり、戦争が生むのは憎しみだけなんだね・・・。

八神 すぅー・・・すぅー・・・。

綿谷 九十九個目終わり(ふっ)・・・おぉい!?

八神 うぁっ!・・・んぁー・・・。

綿谷 なにを寝てんだよ!?まだ終わってないんだって!!起きろって!

八神 んん〜・・・なんで俺の後ろの席が口裂け女なんだよ・・・。

綿谷 夢の中でものすごい怖い状況に!?いや、そうじゃなくて!起きて起きて!!

八神 うぁっ・・・ふぁ〜・・・終わった?八十九個目?

綿谷 だいぶ前に寝てたね!通りでパスの声すら聞こえないわけだよ!それより、もう九十九個目が終わったんだけど!!

八神 よっし、あと一個でやっと帰れる!!

綿谷 そこまで嫌だったの!?まあ、途中でだいぶ感づいてたけど!っていうかゲームとか電話はまだしも、コンビニに行ったろ!席外すとかとんでもないな!

八神 いや、喉渇いちゃって・・・やっぱりコーラは美味いね。

綿谷 そうかもしれないけど途中部屋抜けるってどうなの!?結果僕は一人で怪談をしゃべるだけだったぞ!

八神 ちゃんと一人の時でもさぼらずにやってたのな。そんで、俺の話も一回挟んだじゃん。

綿谷 猥談だったじゃないか!!単純にエロい話を一回消費しただけだったじゃないか!

八神 お前も食い入るように聞いてたじゃん・・・まあ、俺にも言いたいことは生まれたよね。

綿谷 は?なに?

八神 ・・・お前の家系、祟られてない?

綿谷 え?なんで?

八神 絶対祟られてるって!お前の怖い話って全部お前かお前の身内の体験談だろ!

綿谷 でも、こういうのって嘘の話をするのはタブーだしさ。

八神 だから怖えんだよ!大体お前の人生で何回心霊イベントが発生してるんだよ!?にもかかわらず今日また妖怪を呼ぶイベントを開催するって頭おかしいだろ!

綿谷 だって興味あったんだもん!

八神 身内だけで七十四個の恐怖体験って何なんだよ!心当たりとかないの!?

綿谷 そんなのないって!ただ、母方の霊園が土地開発で潰されたことがあったけど!

八神 祟られる要素しかないイベントがあったじゃねえか!開発側に血も涙もない!

綿谷 まあ、その開発した会社がおじいちゃんの会社なんだけどね。

八神 まさかの身内だった!そのせいで爺さんも祟られたんだろ!

綿谷 でも、その時の地域住民との論争の中、うら若き日の父さんと母さんが結ばれたって聞いたよ。

八神 ろくでもねえ出会いだな!逆に誰も何も言えない!っていうか、五十個目の話に出てきた着物の女の人って、間違いなくその件について文句があったんだろ!!

綿谷 あ!そういうことか!てっきり僕のズボンのチャックが空いてることを教えてくれたのかと思った。

八神 些細すぎるだろその条件!・・・っていうか、もう外も明るくなったし、いよいよ真の闇が遥か彼方に遠のいたよな。

綿谷 いい天気だね〜・・・それよりも、いよいよ百個目の物語に・・・あれ?なんか焦げ臭くない?

八神 ん?言われてみれば・・・あ!蝋燭倒れてんじゃねえか!!

綿谷 うわっ!カーペット燃えてる!

八神 ちょ、結構燃えてんじゃん!水!早く消せ!

綿谷 わ、分かった!(ぴちゃ)・・・駄目だ!飲みかけのコーラじゃ消えない!!

八神 そんなんで消えるか!

綿谷 うわぁ!熱っ!ちょ、マジ駄目だってこれ!!

八神 早く消せええぇぇ!!!









綿谷 (火のついた蝋燭を持っている)

   後から知ったのですが、百物語は九九物語が終わったところで終了なのだそうです。

   百個物語を語ってしまうと、本当に妖怪が現れてしまうから・・・。

   あの時、部屋が燃え始めたのは、僕たちがふざけて百物語を進めてしまったからなのでしょうか?

   それとも、燃え盛る炎自体が、僕たちが呼び寄せた物の怪だったのか?

   今となっては分かりません・・・これが、百個目の話です・・・。

八神 病室で火遊びしてんじゃねえ!!あんな火傷したのにまだ懲りてないのか!?

綿谷 ・・・同じ病室の八神くんが怒り始めたので・・・(ふっ)。

八神 いや、消しちゃだめなんだろ!?

(ガラガラガラ)

綿谷 はっ!火を消したら物の怪が!?

八神 看護師さんが来ただけだわ!!

綿谷 ・・・はい、火遊びしてすみませんでした・・・。





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